2007年09月12日

優香 デビュー当時の熱湯CMでオッパイの洗い方を実演!

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優香(ゆうか、本名:岡部 広子(おかべ ひろこ)、1980年6月27日 - )は日本のタレント、女優で元グラビアアイドル。東京都あきる野市出身、藤村女子高等学校→日出女子学園高等学校卒業。特技はフェンシング(中学時代の部活動)、バドミントン。趣味はお香、ドライブ、絵本を読むこと。所属事務所はホリプロ。

略歴
東京・池袋のピーダッシュパルコ前でスカウトされデビュー。芸名を雑誌『週刊プレイボーイ』とインターネットなどで一般公募し『優香』となった。由来は、当時の若者言葉「って、言(ゆ)うか」、及び「お香」が趣味だったこともあり「優しく香る」との意味も込めた。なお、「徹子の部屋」に出演した際の本人の言によれば、公募では「優香」という文字での応募は一通だけであり、「ゆうか」の読みでは「優花」「優華」などが散見されていたようである。なお、当初は「優奈」という案も多かったようだ。
1997年のデビュー当初は、大手芸能事務所のホリプロが初のグラビアアイドルをプロデュースしたとして話題となった。デビュー後間もなくから各種雑誌の表紙などを席巻し、グラビアクイーンとして人気者になる。優香の成功により、イエローキャブの全盛期であったグラドル界に新風が吹き込み、これをきっかけとして他の芸能事務所もグラビアアイドルを育てる流れが生まれた。ホリプロも、優香の妹分として堀越のりをデビューさせるなど攻勢を続け、近年は積極的にグラビアアイドルを売り出すようになっている。
1998年、当時のホリプロ所属のアイドル達でHIPというユニットが結成された。優香は初代メンバーとして参加し、後に2代目リーダーとなり、2002年8月にメンバーを卒業した。
1999年春には、堀越のり、吉井怜、唐沢美帆との1ヵ月の期間限定音楽ユニット『NITRO』で活動していた。
初CMは1998年に出演したマツモトキヨシ。翌1999年秋に飯島直子と共演した缶コーヒー『ジョージア』のCMなどで国民的にブレイクした。そして『癒し系』という言葉が世間に浸透し、癒しブームの先駆けと言われている。これがターニングポイントとなり、以降はテレビのバラエティ番組やCM中心の仕事にシフトチェンジしていった。そして他のグラビアアイドルもこれを追うようにCMに進出していく流れが生まれた。
2000年からはマルチタレントとして活動、自然体で明るい性格を生かして番組の司会やコントをこなす。そして女優としての活動の場も広げている。
2004年に放送されたNHK大河ドラマ『新選組!』では、ヒロイン役に抜擢され、深雪太夫とお孝(深雪太夫の妹)の1人2役を演じた。
2005年舞台版『電車男』にヒロイン・エルメス役の声のみの形で舞台に初出演。
2006年1月7日から主演ホラー映画の『輪廻』が公開され恐怖演技を熱演して評価を高めた。同年1月13日から7年目になる『ぐるぐるナインティナイン』の恒例コーナー『グルメチキンレース・ゴチになります!』では、2005年の第6回大会で年間最多自腹を払いゴチをクビとなった中島知子に替わり新メンバーとして登場。女性レギュラーとしては中島に次いで2人目だったが、12月22日放送で最下位に沈み、レギュラーの座を失った。優香本人は「またリベンジしたい」と言っている。

[編集] エピソード・特徴
芸名については最終候補は、「優香」か「優奈」かで迷ったらしいが、「優香」のほうが響きが強い感じがするので(本人談)「優香」に決定した。応募が17000通もあったので中には面白い名前もあり、「パンサー舞」という女子プロレスラーみたいな名前があった事は本人がよくネタにしている。また名付け親に選ばれた人の特権は、優香と一日デートができる(といっても近くにスタッフ付きで)であった。
以前は本名を公式プロフィールで公表していたが、2007年現在は公表はされていない。しかし、彼女が『空飛ぶグータン〜自分探しバラエティ〜』を含む各種バラエティ番組で自ら本名を名乗ったり、コント上の役名として本名を使うなどしているので、他の芸名を使っているタレントよりも、本名が知られている。
元祖「癒し系」として有名だが、最近のグラビアアイドルのように、最初から「癒し系」として売り出した訳ではなかった。「癒し系」と呼ばれるようになったのは、ジョージアのCMの影響が大きく、水着グラビアを卒業する頃とほぼ重なっている。したがってグラビア時代を知るファンは「癒し系」に違和感があるという向きも少なくないようである。また最近では「癒し系」というより「天真爛漫」なイメージを云う向きもある。優香自身は「癒し系」と云われる事については、まったくこだわっていないとのこと(本人談)。なお、今でもグラビアのイメージを云う人がいるが、実際に水着グラビアで活躍していたのは1997年冬から2000年春までという比較的短い期間。
愛犬家として有名で、「エアー」という名前のダックスフンドの一種でカニンヘンダックスという種類の犬を飼っており、このペットを主人公とした絵本『エアー』を発表している。優香の2006年度のカレンダーでも「エアー」と一緒に写っているページがある。
お笑い好きとしても有名で、テレビはいつもバラエティ番組を中心に見るという(本人談)。志村けんとはデビュー直後の17歳の時から一緒にコントをやっており(フジテレビ系で放送される『志村けんのバカ殿様』で演じる優香姫などが有名)、志村けんからの評価、信頼も厚く、「志村ファミリー」の一員だと、志村はテレビで語っている。また関根勤などにもデビュー時から可愛がられており、総じてお笑い芸人の方の評価は高い。そして優香自身も他の芸人に対して詳しい知識を有しているようである。
音楽はMr.Childrenやaikoの大ファンで、aikoとはプライベートでも親交が深い。そして相川七瀬とは家族ぐるみの付き合いをしている親友である。Mr.Childrenに関してはインタビューなどで理想のタイプとして桜井和寿と名前を挙げるほどのファンである。ポップジャムでは一青窈が出演の時、お互いの家(住まい)が近所だと話していた。優香自身も、歌が上手いとは言い難いがカラオケ好きである。
食べ物は辛いものが苦手であり、今でも唐辛子、わさびなどは食べられないらしい(本人談)。番組『空飛ぶグータン〜自分探しバラエティ〜』で寿司を食べた時もサビ抜きを頼んでいた。
シンガーソングライターの稲田光穂に『この恋届きますように』という楽曲の詞を提供している。
レギュラー番組である『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』では、度々青木さやかと張り合う姿もあり、一度バドミントンで直接対決した事もある。しかし、高所恐怖症の青木が「お仕置きQ」としてスカイダイビングで空を飛ばされた時、収録後、トイレの洗面所で青木さやかが落ち込んでいる姿を見かけ、青木を慰めつつ2人で泣いた事もある。また、体力測定や鬼ごっこ、ボウリングなどの体力の使う企画では、他のメンバーに比べてあまり失敗がなく、わりと運動神経が良く、頑張りやで負けず嫌いな一面を見せている。
声優やナレーションと言った声だけの仕事が多いのも特徴。アニメ映画などの声優や、舞台版『電車男』のエルメス役の声だけの出演などの仕事に加え、『ポケットモンスター』の映画のナレーションや、『ニュースステーション』のドキュメント映像のナレーションの仕事も経験している。
タレント活動は高校時代からだが、スカウトされた当時に在学していた学校は芸能活動を許しておらず、2年次の途中にタレント活動専念のため日出女子高校に転校している。多忙のため単位が取れず補習を受ける事も多く、それは卒業式の直前まで続いたという。そのため、体育の授業は中学生と一緒のこともあったとファン向けのイベントで告白している。卒業式当日には日出女子高の屋上で単独記者会見を開いた。
素人時代、都心近くに住んでいた好意を寄せていた男性に、自分の実家がある、あきる野市が田舎だと思われるのが恥ずかしかったようで、その彼に初めて出身地を聞かれた時には立川と答えた事があったという(ちなみに生まれた場所は立川)。近年では、「もちろん、あきる野市が大好きです。」と公言している(『グータンヌーボ』より)。
初恋は小学生時で、後に番組『ウンナンのホントコ!』(TBS系)の企画で、その初恋相手と再会した事がある。ファーストキスは中学3年時と『ロンドンハーツ』などで語っている。
『Goro's Bar』出演時「エア−オナラ」(二の腕の皮膚と口を使って生み出す擬似オナラ音)が得意であることを指摘され、番組で披露した事がある。
デビューして約10年だが、安定した人気を保っている。その理由はファン層の広さにあると言われ、司会から、コント、女優、グラビアなど幅広い仕事の影響で子供から中高年までファンがいる。視聴率で有名なビデオリサーチ社の年2回行われる『好きなタレントランキング』は、ランキング上位の常連である。
優香ファンを公言する大物著名人も数多く、特に「俺は優香は好きなんかじゃない、大好物なんだ!」と発言した作家のリリーフランキーや、『ホントコ』で未来日記の主題歌を頼む際、見返りに優香の写真集を要求したアーティストの桑田佳祐、アナウンサーの大塚範一、元来ファンで大河ドラマ『新選組!』のヒロインに抜擢したという脚本家の三谷幸喜、ドラマなどで度々共演するアイドルSMAPの香取慎吾や『情熱大陸』(TBS系)で「一番撮ってみたい人は優香」と即答し撮影した写真家の梅佳代、オリンピック男子マラソンでメダリストのエリック・ワイナイナなどは有名である。
2年に1度、世界のトップスイマーが一堂に会して開催される世界水泳では2001年の福岡を筆頭に2003年のバルセロナ、2005年のモントリオールそして2007年のメルボルン大会と4大会連続で日本勢の応援サポーター(キャスター)として出演している。オーストラリアが誇る競泳界のスーパースターのイアン・ソープには、最初の福岡大会では東京のスタジオ担当だったため一度も面識がなかったのだが、後に特番のオーストラリアロケで初対面した。その後もキャスターとしての取材活動もしており、GetSports(テレビ朝日系)ではシンクロナイズドスイミングのヴィルジニー・デデュー選手にインタビュー取材も行っているほどである。福岡大会で銅メダルを獲得した、女子シンクロ飛び込みの大槻枝美選手は中学時代の同級生(中継での掛け合いで、優香の中学時代のニックネームは「岡部ちゃん」だったことも判明した)。

[編集] 出演番組

[編集] バラエティ
王様のブランチ(2003年4月 - 現在 TBS系、BS-i)
グータンヌーボ(関西テレビ制作フジテレビ系、2006年4月12日 - 現在)
クイズプレゼンバラエティー Qさま!!(テレビ朝日系、2004年10月 - 現在)
志村けんのだいじょうぶだぁII(フジテレビ系、2005年10月 - 現在)
志村けんのバカ殿様 (フジテレビ系列) 1年に4回放送
関根&優香の笑うシリーズ (テレビ朝日系)不定期放送

[編集] 過去の出演番組
ミックスパイください(1998年3月 - 9月)(CBC)
今夜は帰して(1998年4月 - 9月) (テレビ朝日)
集まれ!ナンデモ笑学校(1998年10月 - 1999年3月) (テレビ東京系、この番組で志村けんと初レギュラー共演)
ヴェルディが好きだ(1998年4月 - 1999年12月) (日本テレビ)
全国制覇バラエティー ジパング大決戦! (1998年10月 - 1999年2月)(毎日放送・TBS系)
Gパラ・RAVE2000(1998年4月 - 2000年3月)(テレビ東京系)
ろみひー(1998年10月 - 1999年12月)(中京テレビ・日本テレビ系)
恋ボーイ恋ガール(1999年4月 - 9月)(フジテレビ系)
A・A・A(トリプルA) (1999年4月 - 2000年3月)(名古屋テレビ放送)
u-k@(ユーカ))(2000年1月 - 3月) (フジテレビ)
ターニングポイント(1999年1月 - 2000年9月)(テレビ朝日系)
おウチに帰ろう! (2000年10月 - 2001年3月)(TBS系)
優香のMusic Premium(2000年4月 - 2001年3月)(北海道文化放送)
あごまくら(2002年4月 - 9月)((名古屋テレビ放送)
タモリ倶楽部(2001年1月17日)(テレビ朝日系、当時の現場担当マネージャー南田裕介が、これ以降番組の準レギュラー的存在となる)
笑う犬の発見(2001年10月 - 2002年9月) (フジテレビ系)
ウルトラショップ(2001年10月 - 2002年9月) (日本テレビ系)
ウンナンのホントコ!(1998年10月 - 2002年3月)→ウッチャきナンチャき(2002.4〜2003.2) (TBS系)
ピンパパ(2001年4月 - 2002年3月) (中京テレビ放送・日本テレビ系列)
Chanoma Girls (2002年4月 - 2002年9月)
優香&ビビアンのムチャ修行! (2002年10月 - 2003年3月)
サムズアップ人生開運プロジェクト (2003年4月 - 9月)(テレビ朝日系)
世界プチくら!(2003年10月 - 11月) (テレビ朝日)
さまぁ〜ずと優香の怪しい××貸しちゃうのかよ!!(2002年4月 - 2004年9月 テレビ朝日系)
ポップジャム(2002年4月 - 2005年3月) (NHK総合)
小学生クラス対抗30人31脚全国大会 (2001年 - 2005年) (テレビ朝日系)
世界水泳2001福岡大会→2003バルセロナ→2005モントリオール→2007メルボルン (テレビ朝日系)
今日も感動。優香の世界水泳ハイライト2001福岡大会→2003バルセロナ→2005モントリオール (テレビ朝日系)
優香のおはよう! 世界水泳 GO! GOLD! JAPAN!2007メルボルン
Shimura X 天国(1999年5月 - 2000年9月) (フジテレビ)
変なおじさんTV(2000年10月 - 2002年9月)
志村流(2002年10月 - 2004年3月)→志村塾(2004年4月 - 2004年9月)→志村通(2004年10月 - 2005年9月)
グータン〜自分探しバラエティ〜(2004年4月〜2005年3月)→空飛ぶグータン〜自分探しバラエティ〜(2005年4月 - 2006年3月)(関西テレビ制作・フジテレビ系)
ぐるぐるナインティナイン ゴチになります7(2006年1月 - 12月 日本テレビ系)

[編集] ドラマ
青の時代(1998年、TBS系)
太陽は沈まない(2000年、フジテレビ系) - 伊瀬谷亜美 役
20歳の結婚(2000年、TBS系) - 中願寺蓮子 役
Love Story(2001年、TBS系) - 小林香乃 役
続・平成夫婦茶碗(2002年、日本テレビ系) - 結城灯 役
優香座シネマ(優香自身が主演するオムニバスドラマ6作を新進気鋭の映像作家が競作するという試み)(2002年、テレビ朝日系)
世にも奇妙な物語(フジテレビ系)「ドラマチックシンドローム」(2001年)・「あけてくれ」(2004年)
夏の恐怖ミステリー ほんとにあった怖い話3 (2003年、フジテレビ系)
NHK大河ドラマ『新選組!』(2004年、NHK) - 深雪太夫(お幸)、お孝 役
X'smap〜虎とライオンと五人の男〜(2004年12月25日放送、フジテレビ系) - ひばり 役
ミスキャストシアター (フジテレビ系)
ディズニードラマスペシャル「星に願いを〜七畳間で生まれた410万の星〜」(2005年8月26日放送、フジテレビ系) - 佐藤陽子 役
スペシャルドラマ 恋愛小説「デューク」(2006年7月17日放送、TBS系) - 立花香子 役
24時間テレビ29「愛は地球を救う」絆〜今、私たちにできること〜「ユウキ」(2006年8月26日放送、日本テレビ系) - ヨシエ 役
新美味しんぼ(2007年1月20日放送、フジテレビ系) - 栗田ゆう子 役
まるまるちびまる子ちゃん 第3話(2007年、フジテレビ系) - 雑貨屋店員 役
終戦記念特別ドラマ・真実の手記 BC級戦犯 加藤哲太郎 「私は貝になりたい」(2007年8月24日放送、日本テレビ系)- 加藤不二子 役

[編集] その他
NHK教育テレビジョン・てれび絵本「おばけちゃんシリーズ」(松谷みよ子作 2007年4月23日 - 5月11日放送=朗読)

[編集] ラジオ
TOSHIBA優香@net (TOKYO FM) - テーマソングは稲田光穂担当。この番組で自ら初めて作詞を経験。
HIP HOP パラダイス!! (文化放送) - HIPのメンバーとして出演
古本新之輔 ちゃぱらすかWOO! (文化放送)
オレたちXXXやってま〜す (毎日放送)
Bitter Sweet Cafe 〜忘れられない恋のうた〜(ニッポン放送)
太田胃散 presents 優香のI Feel You (2005年4月〜現在 TOKYO FMほかJFN系8局ネット)

[編集] 映画
「チキンラン」主役:ジンジャー役 声の出演
「恋に唄えば♪」主演
「ポケットモンスター『ピカ★ピカ 星空キャンプ』」 ナレーション
「ぼくの孫悟空」主役:孫悟空役 声の出演
「コックリさん」主役:イ・ユジン役 声の出演
「輪廻」主演
「アイス・エイジ2」ヒロイン:マンモス・エリー役 声の出演
「ストリングス〜愛と絆の旅路」 ジーナ役 声の出演

[編集] CM、広告
「テレ朝ごはんプロジェクト」テレビ朝日・米穀安定供給確保支援機構
「T-UP」 トヨタ自動車
「デッセ・デサント」 デサント
「太田胃散A錠剤」 太田胃散
「スリムビューティハウス」 スリムビューティハウス
「明光義塾」 明光義塾
「Goo Cupシリーズ」 ほっかほっか亭
「コミュファ」 中部テレコミュニケーション
「カロリ。」「カクテルカロリ。」 サントリー
「メンソレータム」 ロート製薬
「午後の紅茶」 キリンビバレッジ
「プレッセ」「セルディ」 ポーラ・デイリーコスメ
「ジョージア」 日本コカ・コーラ
「new balance」 サンワールドインターナショナル
「どん兵衛」 日清食品 (中村紀洋選手(当時大阪近鉄バファローズ)・戸田和幸選手(当時清水エスパルス) と共演)
ソフトバンクモバイル(旧・J-PHONE東海時代)
「ジャイアントコーン」「パピコ」「ポイカジ」 「マカダミアチョコレート」 江崎グリコ
「カラリオ」 エプソン
「Car Sensor」 リクルート
「チキンフィレサンド」「チキングルメサンド」「チキンクリスピーピタ」など多数・・ 日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社
「Elis(エリス)」 大王製紙
「ダービースタリオン99」 アスキー
「InfoSphere」 NTTPCコミュニケーションズ
「マツモトキヨシ」 マツモトキヨシ
「広島エールエール専門店街」
「不正改造車を排除する運動」キャンペーンポスター 運輸省
「旅券の日」キャンペーンキャラクター 外務省
「年金週間」キャンペーン広告 社会保険庁
「風疹予防接種」キャンペーンポスター 厚生省
「所得税の確定申告書が新しくなります」キャンペーン広告 国税庁・税務署
「全国労働衛生週間」キャンペーンポスター 厚生労働省
「圏央道(首都圏中央連絡自動車道)」 あきる野IC⇔八王子JCT開通広告  国土交通省
「食事バランスガイド」農林水産省

[編集] 舞台
電車男(2005年) エルメス役(声のみ出演)

[編集] DVD
優香 Breath(ポニーキャニオン)
優香 to(ポニーキャニオン)
優香 be(ポニーキャニオン)
優香 Yuka(ハピネット・ピクチャーズ)
優香座シネマ(ポニーキャニオン)
ファイブスター 優香/Breath(ポニーキャニオン) 優香-Breathの廉価版
TIME UP(NITRO)(ビクターエンタテインメント)

[編集] 書籍
エアー(小学館)
ひるねのほんね(角川書店)

[編集] 写真集
ZIP(英知出版)
VIM(吉井怜と共演)(英知出版)
セレナ(テイアイエス)
Perfume(ワニブックス)
CARAT(双葉社)
Innocent(集英社)
優香裏写真集 Memories of Innocent(集英社)
恋に唄えば♪(角川書店)
超立体プライベートVIEW 優香 Pure&Lure(新潮社)

[編集] 受賞、選出歴
第36回ゴールデン・アロー賞 グラフ賞
第37回ゴールデン・アロー賞 放送新人賞および最優秀新人賞
第38回ゴールデン・アロー賞 放送賞
第26回日本アカデミー賞 新人俳優賞
第40回ゴールデン・アロー賞 ゴールデン・グラフ賞(40回記念の特別表彰) 第31回〜第40回までの10年の『グラフ賞』の受賞者の中でもっともフォトグラファーな人に与えられる賞。
ファイブスターガール第1期生(1997年前期)
K-1JAPANマスコットガール 日本テレビ
二十歳のベスト・パール・ドレッサー2001(2001年)
ベスト・ヘア賞(2003年)
第1回ブライダルジュエリープリンセス(2007年)
Eライン・ビューティフル大賞(2007年)

[編集] 楽曲
CALLING(NITRO)(ビクターエンタテインメント)
映画「恋に唄えば♪」オリジナルサウンドトラック(イディア/アルファ・エンタテインメント)
この恋届きますように(稲田光穂) - 作詞(2007年4月時点で未CD化)

[編集] 外部リンク
優香くらぶ
優香プロフィール公式サイト
先代:
さとう珠緒 王様のブランチ女性司会者
第3代
2003年4月 - 次代:

先代:
堂本光一
久保純子
(2000年4月 - 2002年3月) ポップジャム司会者
優香
高市佳明
(2002年3月 - 2003年3月) 次代:
つんく♂
優香
高山哲哉
(2003年4月 - 2005年3月)
先代:
優香
高市佳明
(2002年3月 - 2003年3月) ポップジャム司会者
つんく♂
優香
高山哲哉
(2003年4月 - 2005年3月) 次代:
西川貴教
アンジャッシュ
村上由利子
(2005年4月 - 2006年3月)
先代:
中島知子 グルメチキンレース・ゴチになります!女性高校担当者
2代目 次代:
井上和香

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カテゴリ: 日本のアイドル | 日本のタレント | 日本の俳優 | 1980年生 | ホリプロ | 東京都出身の人物 | ファイブスターガール
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2007年09月11日

9・11の真実「WTCテロは陰謀」

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アメリカ同時多発テロ事件(あめりかどうじたはつてろじけん、September 11, 2001 Terrorist Attacks)は、2001年9月11日にアメリカ合衆国で起きたテロ事件である。9月11日に起きたことから911(きゅういちいち)、9・11(きゅうてんいちいち)とも呼ばれる。
イスラム過激派によってハイジャックされた4機の大型ジェット旅客機が、アメリカ国内の複数の地上施設めがけ激突したことにより、2973人の犠牲者を出した。オサマ・ビンラディンが「犯行を指揮した」と証言したとされる映像が2001年12月13日に公開され、また「モハメド・アタを通じて犯行を指揮した」と証言したとされる音声も2004年の大統領選挙直前に公開されている。事件後、アメリカは対テロ戦争としてアフガニスタン戦争とイラク戦争を行うことになる。

名称について
日本では、この事件を「同時多発テロ事件」または「911テロ(事件)」と呼ぶ。 ただ2005年にイギリス、ロンドンでロンドン同時爆破事件が発生したため、「アメリカ同時多発テロ事件」と呼ぶことが増えた。
イギリスやアメリカなどの英語メディアでは、この事件を「9/11」(ナイン・(オー)・イレブン)、「9月11日の事件」 (Events of September 11)、 「September Eleven Terror Attacks」などと呼ぶ。中国語圏では、「九一一事件」と呼ぶ。
ただし中南米では9.11はチリで1973年9月11日に発生したアウグスト・ピノチェトらによるクーデターを指すこともある(チリ・クーデターを参照)。
ハイジャックされた旅客機
2001年9月11日朝(現地時間)、マサチューセッツ州ボストン、バージニア州アーリントン、ニュージャージー州ニューアークを発った4機の旅客機が、モハメド・アタを中心とするアラブ系のグループによってほぼ同時にハイジャックされた。彼らは操縦室を乗っ取り自ら操縦桿を握り、2機がニューヨークマンハッタン、2機がワシントンD.C.へ向かった。なお、乗っ取られた4機のうち2機がアメリカのボーイング社製のボーイング767型機で、残りの2機がボーイング757型機であるが、この2種類の機体は、運行する航空会社のパイロットの互換性を持たせるためにコクピットの操縦システムが基本的に同じものが使われており、ともに2人のみで操縦できるため、あえてこれらの機体が運行されている便が選択されハイジャックされたと見られている。また、ハイジャック犯達はアメリカ国内にある民間の航空学校へ行き航空機の基本的な操縦法を学んでいた上、これらの機体の操縦方法を事前にフライトシミュレータで訓練していたことが明らかになっている。また、これら4機がいずれもアメリカ大陸横断ルートという、アメリカ国内線の中では長距離飛行に入るルートを飛ぶものであったのは、いずれも燃料積載量が多く、衝突後の延焼規模を多くすることを狙ったと推測された。なお、ハイジャックされ墜落させられた旅客機の乗客・乗員は全員死亡している。
アメリカン航空11便詳細はアメリカン航空11便テロ事件を参照。
アメリカン航空のボーイング767(写真は胴体延長型の767-300)ボストン発ロサンゼルス行きアメリカン航空11便(ボーイング767-200型機・機体番号N334AA)は、乗客81名・乗員11名を乗せて、午前7時54分に遅延出発した。午前8時14分頃にハイジャックされ、コックピットを乗っ取られた模様である。午前8時23分に進路を急に南向きに変え、午前8時46分にニューヨーク世界貿易センターの超高層ビルであるツインタワー北棟に突入し爆発炎上。離着陸時の事故と違い、機体の残骸は全く原形をとどめなかった。
また衝突の瞬間をフランスのテレビ局から取材に来ていた兄弟のカメラマンが偶然にも撮影。ビル近隣にある消防隊の平凡な日常を描くはずであった彼らの番組は、直ちに未曾有の事件に対峙する消防隊の活躍を記録するドキュメンタリーとなり、のちに日本を含む各国で放送された。
ユナイテッド航空175便詳細はユナイテッド航空175便テロ事件を参照。ボストン・ローガン空港発、ロサンゼルス行きユナイテッド航空175便(ボーイング767-200・N612UA)は、乗客56名・乗員9名を乗せて、午前8時14分に遅延出発した。管制部とアメリカン航空11便のハイジャックに関する交信を交わした後、午前8時43分頃までにハイジャックされ、コックピットを乗っ取られた模様。直後にアメリカン航空11便を追うようにニューヨークへ進路を変え、午前9時3分に世界貿易センタービルのツインタワー南棟に突入し爆発炎上。なお、離着陸時の事故と違い高速で建築物に激突・炎上したため機体の残骸は全く原形をとどめなかった。11便の突入で多くの報道陣と見物人がビルの周りに集まっており、続く175便の突入では数多くの映像と写真が記録された。
アメリカン航空77便詳細はアメリカン航空77便テロ事件を参照。
アメリカン航空のボーイング757ワシントンD.C.(ダレス国際空港)発ロサンゼルス行きアメリカン航空77便(ボーイング757-200:N644AA)は、乗客58名・乗員6名を乗せて、午前8時20分に出発した。午前8時50分ごろまでにハイジャックされ、コックピットを乗っ取られた模様である。直後に向きを北向きに変え、すぐに南へ転回し、しばらくして東へ進路を変えた。最初の進路離脱から3分間は管制塔と機長が交信していたが、通信不能となった。午前9時38分にアメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)に激突し爆発炎上。 激突の瞬間の映像がペンタゴンの駐車場の監視カメラによって記録された。また、付近を通行中の多くのドライバーや歩行者によって激突の瞬間が目撃された。映像によるとほぼ水平の状態で地面を滑走しながらペンタゴンに衝突した。離着陸時の事故と違い、高速で建築物に激突・炎上したため機体の残骸は殆ど原形をとどめなかった。 なお、一説によると77便はホワイトハウスに向かおうとしたが太陽の反射で前が見づらく、たまたま近くにあったペンタゴンを狙ったのではないかという説もある。ユナイテッド航空93便
詳細はユナイテッド航空93便テロ事件を参照。ニューヨーク(ニューアーク空港)発サンフランシスコ行きユナイテッド航空93便(ボーイング757-200、N591UA)は、午前8時42分、乗客37名(4人のテロリスト含む)・乗員7名を乗せて、41分もの遅延で出発した。遅れの理由は滑走路の混雑とされている。93便離陸のわずか数分後、アメリカン航空11便が世界貿易センターに激突した。乗客の電話での通報によると、午前9時27分にハイジャックされ、コックピットを乗っ取られた模様である。オハイオ州クリーブランド付近で進路を南に変え、さらに南東へ向かった。ワシントンへ向かうことを管制官に通告、標的はアメリカ合衆国議会議事堂、あるいはホワイトハウスであったとされている。午前9時57分、機内電話や携帯電話による外部との連絡で、ハイジャックの目的を自爆テロと認識した乗客が機の奪回に乗り出す。午前 10時3分、ペンシルバニア州シャンクスヴィル(ワシントンD.C.北西240kmの場所)に、時速580マイル(時速933km)もの猛スピードで墜落した。公式の調査報告書では、乗客はコクピット内に進入できず、テロリストの操縦により機体を墜落させたと結論づけている。なお、地震計のデータから墜落の時刻を午前10時6分とする説もあったが、後にこの時刻を算出した地震学者本人により撤回されている。また、93便には日本人大学生1名が搭乗しており、日本へ帰国する為にサンフランシスコへ向かっていた最中に巻き込まれた。乗客たちがハイジャッカーたちに反撃した際に“Let's Roll”(さあやろうぜ)を合図にしたと言われている。この9.11事件以降のアフガニスタンへの「報復戦争」において、この“Let's Roll”は軍用機に描かれたり、空母乗組員が人文字を空中撮影する際に用いられたりするなど、しばらく「テロと戦うスローガン」とされた。なお、離陸からハイジャック、墜落までの乗員乗客の行動を基にした映画『ユナイテッド93』として2006年に公開された(この映画ではハイジャッカーたちに対して反撃した乗客たちがコックピットに進入して、操縦桿をハイジャッカーから奪いとる寸前であったかのように描かれている)。害世界貿易センタービル崩壊した世界貿易センタービル世界貿易センタービル・ツインタワーの北棟は、8時46分にアメリカン航空11便の突入を受けて爆発炎上した。1機目の激突は、数日前から地元消防署の日常を取材していたフランスのテレビ局から派遣されていた兄弟によって偶然撮影(ガス漏れの通報があり出動していた消防隊に同行していた)され翌日に報道されている。この時点では多くのメディアが普通の航空機事故として報じた。1機目激突を映像で見たブッシュ大統領も事故だと考えたと発言した。
続いて、9時3分に南棟がユナイテッド航空175便の突入を受け、爆発炎上した。2機目の激突は1機目の激突後にテレビ中継を行っていた際に発生し、日本を含む世界各国に1機目の衝突を臨時ニュースとして国際中継していた間におこった出来事であるため、前代未聞かつ衝撃的な映像を多くの人たちがリアルタイムで見る事となった(この時点で、事故ではなく故意に起こされた「事件」であることが認識された)。また、撮影クルーが多くいた為、旅客機が激突する瞬間がプロやアマチュアを問わない多くのカメラマンにて撮影されている。
ツインタワーは、ジェット旅客機のボーイング707が突入しても崩壊しないよう設計されていたはずだった(あくまで衝突のダメージのみを換算されていたものであり、ジェット燃料の延焼による火災のダメージは換算されていなかった)。だが、実際に高速で突入した同サイズのボーイング767によってビル上部は激しく損傷、漏れ出したジェット燃料は吹き抜けを通して下層階にまで達し、爆発的火災が発生した。次いで火災の熱による鉄骨の破断でタワーは強度を失い、9時59分に南棟が突入を受けた上部から砕けるように崩壊した。北棟も10時28分に南棟と同様、砕けるように崩壊した。かつて世界最高を誇ったツインタワーは両棟ともに完全に崩落するという大惨事に至った。
ツインタワーは、特に北棟で人的被害が大きく、死者は約1,700人(救護活動中の消防士を含む)であった。特に突撃を受けた92階以上に被害が多く、この階以上の在館者全員が死亡したと言われている。それは航空機に突入されたフロアの階段が大きく破壊され炎上し、避難経路が遮断されたためである。南棟も同様に激しく炎上したが、こちらは旅客機が外側に少し反れて激突し、反対側の階段が損壊や延焼を免れたため、突入フロア以上でも延焼の少なかった部分にいた十数名は無事避難することができた。また、突入前の未然避難者も含めると約7割の人が生還している。ただしこの時、炎上部より上にいた人の一部が、煙による苦痛や絶望感から飛び降りを行い、消防士や避難者の一部が落下してきた人の巻き添えになり命を落とした(自殺及び飛び降りの項も参照)。また崩壊時の破片や煙により、ビル外でも数人が命を落としている。一方、タワー崩壊後も館内で奇跡的に生き残っていた人も数名おり、それらの人々は当日夕方に救助された。
北棟および南棟の崩落による影響で、敷地内の他の4つのビルも崩落・炎上し、8時間後に敷地北隣の高層ビル・世界貿易センター7号棟もともに崩落。道路は完全に封鎖、世界貿易センターの地下をターミナルとしていた地下鉄やパストレインもトンネルの崩落で走行不能に陥った。これらのことからニューヨークでは合計で2749人が死亡するという大惨事になった。この事件以降、世界貿易センタービル跡地はグラウンド・ゼロ(爆心地)とも呼ばれている。
国防総省本庁舎北西方向へペンタゴンとポトマック川を望むアメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)は9時38分にアメリカン航空77便(ボーイング757)の突入を受けた。大爆発が引き起こされてビルの一部は炎上し、10時10分に4階が崩壊、10時15分に1階までが全て崩壊した。77便の乗客・乗員全員が死亡するとともに189人の国防総省職員も死亡した。激突の瞬間の映像がペンタゴンの駐車場の監視カメラによって記録され、すぐにFBIによって回収、調査された。
事故現場はボーイング757の機体の判別が困難なほど焼けたが、ビルの倒壊は5層になっているビル全体の1番と2番で抑えられた。また、この部分は長官執務室の反対側であり、ビルの補強工事中で普段よりも職員が少ないことが被害を抑えた。世界貿易センタービルへの突入の影響で情報は錯綜し、最初の報道は単なる爆発炎上というだけであったが、後に付近を通行中のドライバーや歩行者によってアメリカン航空機が北側から旋回して激突したとの目撃が証言された。防空状況テロ当日は北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)の年に一度行われる訓練の日であり、東海岸から離れた場所で万全の防空体制で訓練に当たっているはずであった。しかし連邦航空局(FAA)からアメリカン航空11便ハイジャック発生の第一報が入ったのは8時40分(それ以前に入っていた説もある)ごろで、マサチューセッツ州の空軍基地からF-15戦闘機2機がスクランブル発進したのは8時52分であった。F-15はアメリカン航空11便を追跡するよう命じられたが、発進した時11便はすでに突入した後であった。管制室は途中からユナイテッド航空175便を追跡させているつもりだったが、状況の把握ができておらず、パイロットも何を追跡しているか良くわからなかった。F-15は一度ロングアイランド湾で待機するよう命じられ、ニューヨーク上空への進入を命じられたのは175便が突入した後であった。しかしF-15には旅客機攻撃の権限が無く、突入を止めることは不可能であったと考えられる(進路妨害は可能であったという指摘もある)。ワシントンDCには、ノースカロライナ州上空で訓練していたF-16戦闘機3機が呼ばれたが、飛来したところで基地で待機するよう命じられた。3機はアメリカン航空77便を追跡するよう命じられ再度発進したが、訓練のために燃料が不足し始め、さらに2機は訓練用の模擬弾しか装備していなかった。9時30分に別のF-16が3機発進し、ワシントン近くへ飛来したが、これには攻撃用のサイドワインダーが装備され、旅客機撃墜の権限が与えられていた。しかし、結局77便に合流することは無く、9時38分にペンタゴンを攻撃された。オハイオ州上空を飛行していたユナイテッド航空93便の近くには、積荷の搬送を行っていたC-130輸送機が飛行していたが、管制官から93便を見つけて追跡するように命じられた。C-130は93便墜落の際、17マイル離れたところにおり、墜落の様子は見ていない。また、ワシントンから実弾を搭載した1機のF-16が93便の追跡に向かったという話もある。NORADから10時6分にスクランブル発進命令があった2機のF-16が発進したのは10時16分であった。別の2機のF-16が93便を追跡していたという話もあるが、公式な記録ではない。さらに事故から約10分後に現場はるか上空を戦闘機らしい航空機1機が通過するのを目撃された。NORADはFAAから93便墜落の報告を受けたのは10時15分で、10分近くも93便の追跡を続けさせていた。FAAがアメリカ中のすべての空港の閉鎖の措置を決定したのはツインタワーへの2度目の攻撃の直後からで、9時45分には全米の空港からの民間機の離陸が差し止められ、飛行中の民間機は直ちに最寄の空港へ着陸するよう通告された。
首脳の動きジョージ・W・ブッシュ大統領はフロリダ州におり、小学校の授業を視察する予定であった。1機目のツインタワー攻撃の際には小学校へ向かう専用車の中にいたが、このときは事故だと考えていた。ただし、一時的にホワイトハウスとの間で電話会議が行われた。また補佐官ら周辺も同じように事故と考え、予定通り小学校へ入った。授業視察中に2機目のツインタワー攻撃があり、補佐官から視察中のブッシュ大統領に「合衆国が攻撃されている」との報告を受けたが、ブッシュ大統領はすぐに動かずに7分間、小学生の朗読を聞いていた(この映像は後に『華氏911』などで取り上げられ、事態の深刻さを把握していなかった大統領の対応が批判された)。また、隣室に待機していたシークレットサービスらも動かなかった。朗読が終わるとブッシュ大統領は小学生を誉め、隣室で補佐官と話し、電話でライス補佐官と州知事に連絡した。その後、テレビカメラで国民へ呼びかけ、9時30分頃に小学校から出発し、3マイルのところにある空港へ向かった。エアフォース・ワンが離陸したのは9時55分である。このとき護衛の戦闘機は無かったが、このとき上空には、未だに連絡の取れない旅客機が11機あった。その後、空軍基地で事態の沈静化を待ち、夕刻にワシントンD.C.へ帰還した。チェイニー副大統領と数人の閣僚、ライス国家安全保障担当補佐官(現国務長官)はホワイトハウスで執務を行っていた。彼らはツインタワーへの2度目の攻撃の直後、シークレットサービスにつれられて地下壕へ避難した。なお、ホワイトハウスの屋上には防空用のスティンガーミサイルが備え付けられている。その後、閣僚らがヘリコプターで避難したのはユナイテッド航空93便が墜落した後だった。また、チェイニー副大統領は軍事補佐官に攻撃許可を求められ、ブッシュ大統領が不在の為、乗っ取られた飛行機の撃墜を許可した。しかし決定が出たのはユナイテッド航空93便が墜落した後だった。ラムズフェルド国防長官は上級軍人と朝食をとった後、ペンタゴンの執務室へ入って議員と懇談していた。彼にツインタワー「攻撃」の知らせが入ったのは、ペンタゴン攻撃のわずか2分前であり、アメリカン航空77便がワシントンに向かっていることは知らなかった。また、平時のペンタゴンにはホワイトハウスのような防空装備が無い。攻撃の後、ラムズフェルド国防長官が建物の外へ出ると女性職員が血を流して倒れていた為、彼女を抱えて避難し、救急車が来るまで看病していた。現場から避難したのはその後で、数十分が経過していた。
パウエル国務長官は南アメリカのペルーを訪問中であったが、ツインタワーおよびペンタゴンへの攻撃の報告を聞いてすぐに帰国した。
ロシア連邦のプーチン大統領は、この一報に対し「アメリカ合衆国軍が必要な動員をかけたとしても、直ちにロシア連邦軍に迎撃体制を取らせることはない」とホットラインでブッシュ大統領に告げた。ロシア連邦軍にはソビエト連邦軍時代のオプションが継承されているため、通常、アメリカ軍が大規模な動員をかけるとそれに反応する様に指揮系統が準備されている(逆も同じ)。報道
同時多発テロ事件の映像はテレビ、ラジオ、インターネットを通じて全世界にリアルタイムで伝えられた。新聞や週刊誌なども大きく事件を伝えた。事件は世界に大きな衝撃を与えたが、その理由の一つが報道にあったことは疑いない。アメリカ
ニューヨーク時間(米国東部夏時間)8時46分、アメリカン航空11便が世界貿易センター北棟に突入した。このころ各全国ネット局では朝のニュースショーを放送していた。CNNは8時49分から、ABC、CBSなど他のテレビ局も8時50分前後から特別報道番組を開始した。世界貿易センターのそびえ立つロウアー・マンハッタン方面を向く情報カメラや、マンハッタン上空あるいは隣のニュージャージー州上空を飛ぶ報道ヘリコプターが事件の様子を伝え始めた。推移を見守っていた矢先の9時3分、1機目突入から18分後、南棟にユナイテッド航空175便が突入した。こうしてネットワークやニュース専門放送局では特別体制を敷いての放送により、事件の推移を映し続けることになった。9時30分、フロリダ州サラソータの小学校を訪問していたブッシュ大統領は最初の演説を行った。その後サラソータを飛び立つエアフォース・ワンの映像も伝えられたが、目的地は不明確なままであった。そうした中、9時37分にアメリカン航空77便がペンタゴンに墜落した。そのころ、ハイジャックされたユナイテッド航空93便の乗客・客室乗務員は地上にいる家族などに電話をかけ始めていた。すでに全米のテレビは事件報道一色となっており、その映像を見た何人かが電話を通じ、93便上にいる乗客などにニューヨーク・ワシントンで起きている事件の模様を伝えた。乗客たちはこうした情報を入手したことでハイジャックが自爆攻撃の一環であると悟り、93便の奪還を図ったものと考えられている。
アメリカのテレビはその後、世界貿易センタービルが次々に崩落する瞬間を中継し(南棟9時59分、北棟10時28分)、さらに93便がペンシルベニア州に墜落したと伝えた(10時3分墜落。報道は30分以上後)。一連の事件は衛星を通じて世界中のテレビに同時中継された。テロ報道は日曜深夜まで休むことなく、CMもなしで放送し続けた。特にネットワーク3局の夕方ニュースのアンカーは最長で1日17時間に渡って伝え続けた。特にこの週は新番組が始まる時期だったので、軒並み放送が順延され、内容変更を強いられた番組もあった。日本やヨーロッパ諸国でも同様の特別報道がなされた。また、アメリカ国内に本部を置くCNBC(ヨーロッパ/アジア向け)やCNNインターナショナルにて、本来あまり放送されないアメリカ国内向けの放送を全編放送し続けた。
20時30分、ブッシュ大統領は全米に向けて演説を行った。この演説も全世界に伝えられた(日本では12日9時30分)。日本
以下、日本における報道については日本時間を使用する。現地時間(米国東部夏時間)は、日本時間から13時間を引いて算出していただきたい。
2001年9月11日は台風15号と台風16号が関東地方と沖縄を襲い、多くの被害をもたらしたため、テロ発生までのニュース番組はこの話題一色となっていた。しかし22時ごろ、「ニューヨーク・世界貿易センタービルに航空機が激突(1機目のアメリカン航空11便)」という情報が、各局のニュース番組またはニュース速報で伝えられ始めた。NHKニュース10(NHK総合)でも、冒頭のヘッドラインは台風の話題だった。しかし、カメラの前に登場したキャスターが発した最初のニュースは台風ではなく、このテロの第一報だった。第一報を伝えるニュースの画面に映し出されたのは「炎上するビル」の映像であり、「事故」なのか「事件」なのか判然としないものだった。1機目激突の瞬間を捉えた報道機関のカメラはなく、一市民であるフランス人カメラマンが撮影した映像はかなり時間が経つまで放送されなかった。ただ、NHKニュース10に出演していたコメンテーターは、晴天時での不可思議な激突状況からか2機目突入前からテロの可能性を指摘していた。CNNでも同じような理由からテロの可能性が指摘されていたが、同時に、1945年7月28日にエンパイアステートビルにアメリカ陸軍のB-25爆撃機が衝突した事故を例に挙げ、操縦ミスによる突発的な事故である可能性も取りざたされていた(なお、1945年の事故のときは深い霧が出ていた)。
しかし、直後の22時3分、2機目のユナイテッド航空175便がツインタワーのもう一つ(南棟)に突入。生放送を行っていたNHKニュース10では、この瞬間が生中継された。NHKの映像では、画面右側から飛行機が現れ、燃え上がる北棟の真後ろに隠れるように見えた。北棟の真後ろには南棟があった。数秒の後、南棟を襲った巨大な爆発によって炎と黒煙が上がる様子が映し出された。南棟が北棟に隠れていたため画面を通して見れば1機目の激突で炎上する北棟が2度目の大爆発を起こしたように見え、NHKの支局の報道者は単に「今、また爆発がありました」と伝えた。アナウンサーは「あっ!今、2機目の飛行機が突入したように見えましたが!?」と聞き返した。この映像は数日の間、何度となく繰り返された。ニュースステーションではCNNの映像をそのまま放送しており、1機目激突後の時点ではまだ事故と考えられていたため、ニュースステーションでは1機目の激突により炎上する北棟の映像を暫く流した後、台風関連のニュースを伝えていた。この間に2機目の突入が起こったため、突入の瞬間は生で放映されなかった。しかしすぐに再びWTC関連のニュースに切り替えられた。
22時20分頃、NHKは「旅客機がビルに激突したと見られる」と伝えた。22時30分、フロリダ州の小学校を訪れていたブッシュ大統領が記者会見で「明らかなテロ」と発言した。22時45分頃、「ペンタゴン(国防総省)が炎上」というニュースが各局で伝えられ、ニューヨークとワシントンの一連の事件は「同時多発テロ」であるとの見方が固まった。間もなく炎上するペンタゴンの映像も放送され、爆発・火災の原因が3機目の旅客機の可能性があると伝えられた。旅客機がハイジャックされていたという現地メディアの報道も国内に伝えられ始めた。
各ニュース番組では、2つの台風や、前日の千葉県における狂牛病疑惑の牛発見など、放送予定だった他のニュースを差し置いて、ニューヨーク・ワシントンとの中継映像が放送され続けた。時間(事件の拡大)とともに民放各社も次々に通常番組を打ち切り、臨時ニュースを開始した。TBSは22時37分、放送中のジャングルTVの途中から筑紫哲也のニュース23を前倒しで開始。フジテレビではドラマウソコイ最終回を放送中だったが、番組の途中でニュースを何度か流した後、ドラマ終了直前から報道特番を開始した。 世界貿易センタービルが崩壊した直後23時過ぎ、世界貿易センタービルの一つが崩壊したとの情報が入り(南棟)、23時半過ぎにはビルの両方が崩壊したとの情報が入った(北棟)。NHKではどちらもワシントンと中継を結んでいる間に崩壊が起こり、崩壊の映像は中継されなかった。しかし間もなく、巨大な超高層ビルが次々に崩壊し、膨大な瓦礫と化してマンハッタン南部が炎と煙で覆われるという衝撃的な映像が全国に報道された。さらに23時40分頃、4機目(ユナイテッド航空93便)がペンシルベニア州西部に墜落したというニュースが入った。NHKのアナウンサーは次々と起こる惨劇を報道する中で「これは現実の映像です。」という日常では考えられない言葉を発するほどであった。日本のほとんどのメディアは徹夜でニュースを伝え続け、深夜のCMが全面休止され、1985年8月12日に発生した『日航ジャンボ機墜落事故(日本航空123便墜落事故)』以来の終夜放送を行った。
翌9月12日の午前6時25分、世界貿易センターの第7ビルが崩壊した。8時30分ごろ、日本人の大学生1人がユナイテッド航空93便に搭乗していたという情報が入った。9時30分からブッシュ大統領がホワイトハウスで行った演説が中継され、10時20分から小泉首相、福田康夫官房長官が首相官邸で記者会見を開始した。午後1時50分ごろ、1機目激突の瞬間を撮影したフランス人カメラマンの映像が放送された。こうしてこの日もほとんどテロ事件関連ニュース一色となった。夜のゴールデンタイム枠ではお笑い・バラエティ番組が休止され、特別番組が放送(TBSのナイター中継は通常時間より1時間短縮放送し、特別番組を放送)された。テレビでは事件から1週間ほどは通常番組を削って特別報道番組を組む局もあった。また、ビルが破壊されるシーンのあるパニック映画などが自粛されるなど影響が出た。新聞各紙も大見出しで事件を伝え、号外も発行された。多くの週刊誌も最大級の扱いで事件を伝えた。
情報の混乱「同時多発テロ」と呼ばれるようにテロ行為は短時間に連続発生し、その規模・被害は当時の社会において、従来型の「テロ」や「犯罪」の概念をはるかに上回るほどの凄まじさだった。そのため情報が錯綜して正確な情報をつかめない状況が続いた。事件発生直後の数時間(場合によっては数日間)、次に挙げるような誤報も放送された。以下は当日・翌日の日本の各新聞・テレビ報道で確認された誤報の一部である。日本の多くの新聞は訂正が締切時間に間に合わず、翌12日の朝刊にいくつかの誤報記事を載せてしまうこととなった。イジャックされた飛行機の便名・航空会社の取り違え(12日未明に確定)
被害者は6名死亡・約1000名負傷(1993年の爆破事件の数字。ビルの崩壊後「数千人の可能性」に) DFLP=パレスチナ解放民主戦線が関与(数十分後、ダマスカスの本部でスポークスマンが否定と報道) 国務省で自動車爆弾爆発(誤報。被害なし) ホワイトハウス、連邦議会付近で爆発(誤報。いずれも被害なし) ペンシルベニア州で墜落した飛行機はボーイング747(誤報。ボーイング757) 11機の旅客機がハイジャックされ、数機が行方不明(誤報。4機以外にハイジャック機は存在しない。全米に飛行禁止令が出された後も連絡が行き届かず、飛行を続けていた航空機が11機存在したことによる。ユナイテッド93でも描写されている) ハイジャック機がキャンプ・デービッドに向かっている。その後の報道でキャンプ・デービッドに墜落した(誤報) これらの状況はアメリカでも同様で、最初は激突した航空機も大型ジェット旅客機ではなく小型民間機(単発小型プロペラ機など)と報道されていた。映像・写真など
テレビでは事件発生直後から、ありとあらゆる方向から記録された映像が何十回、何百回となく繰り返し放映された。その映像を映画のようだと評する者も多かったが、映画批評家からは、臨場感のなさ、機内状況の欠如、同一の映像の反復という点において、映画というよりも、やはり、テレビ的というべきものだと反論があった。何れにせよ数千人が殺害された事件の映像であり、遺族や関係者、さらには子どもにショックを与える可能性があるとされ、次第に自粛を要請する声が上がった。事件後の新聞各紙や週刊誌などには、ビルが炎上・崩壊する写真のみならず、血まみれでうずくまる市民やビルの上層階から飛び降りる人の写真などが大きく掲載された。アメリカでは後者の写真をめぐって論争が起こった。アメリカ最大の宗教であるキリスト教は自殺を禁じているからである。2006年にイギリスで製作されたドキュメンタリー「フォーリング・マン」は、この論争を取り扱ったものである。
一連の事件を記録した写真や映像は、各マスコミのみならずマグナム・フォトのようなプロのカメラマン、あるいは事件を目撃した市民によって大量に残された。マグナムは「NEW YORK SEPTEMBER 11」と題して写真集を発売した(日本版あり)。ニューヨークでは事件後に写真展覧会が行われ、それらの写真はインターネットで公開されたほか、「HERE IS NEW YORK」と題した写真集として発売されている(日本語版なし)。2006年に公開された映画「ユナイテッド93」や「ワールド・トレード・センター (映画) 」でも、事件を伝えるテレビ局の映像が使われている。なお「ユナイテッド93」では当時の様子を極力再現するため、情報伝達の混乱や誤りなどがそのまま伝えられている。被害全体
事件現場に張られた行方不明者の安否を尋ねる張り紙この無差別テロ事件の犠牲者は、すべての死者を合計すると2973人とされている。内訳はハイジャックされた4機の旅客機の乗員・乗客が246人、アメリカ国防省で125人。世界貿易センタービルで2602人とされている(あくまで「確認された人数」ということであり、実際には多少の誤差があると言われている)。このうち世界貿易センタービルではニューヨーク市消防局の消防士343人、ニューヨーク市警察の警察官23人、ニューヨーク港湾管理委員会の職員37人が含まれている。このほかにも世界貿易センタービルではこの事件の被害者と思われる24人の行方不明者がいる。なお、ビルの残骸に含まれていたと考えられる約1100人の遺体は最後まで発見できなかった。遺体はもちろんあらゆるものが、粉々に破壊されて散乱した。近隣のビルの屋上で発見された遺体の破片もある。ハイジャックされた機体のひとつにはナショナル・ジオグラフィック誌の記者と写真家、彼らと同行していた子供たちが乗っていたとされている。現場はビルの鉄骨に吹き付けられていた石綿やコンピュータや蛍光灯からの水銀等の危険な粉塵も含まれていて、救難活動を行った犬が次々に死に、肺に障害を訴える人が次々に出ているにも拘らず、アメリカ政府はそれを否定し、EPAは「空気は安全」と報知したことから、いち早くウォールストリートを開けるのを優先したのではないかという意見もある。アメリカ合衆国政府の対応非常事態宣言
ブッシュ大統領は速やかに非常事態を宣言した。世界貿易センタービルやペンタゴンへの攻撃がなされた後しばらくの間は、さらなるテロに備えて、州兵、予備役が動員された。空港などには厳戒態勢が敷かれ、全ての国境が閉鎖された。また、アメリカ国内を飛んでいた民間機は全て最寄の空港に下ろされ、多くの外国人がアメリカ国内に足止めされた。これらの措置は数日間続いた上、この措置が行われた地域はアメリカ本土のみならず、アメリカが航空管制を担当しているグアムやパラオ周辺などの南太平洋の一部地域や、北大西洋の一部地域など広範囲に及んだ。このテロが航空機を用いたものであったことから、事件後は航空機の利用が一時的に激減し、世界中の航空会社が大きな打撃を受けることとなり、スイス航空やアンセット・オーストラリア航空、事件の当事者となったユナイテッド航空など、航空会社の破産、倒産も世界中で相次いだ。捜査
この事件においては、ハイジャック犯の機器操作ミス(犯人側は乗客に向けて、機内放送をするつもりだったと見られるが、機内放送用のスイッチではなく、管制塔とのやり取り用の無線スイッチを押していた)によってコックピット内の会話が管制室に入るようになり、アラビア語を話していることから、おそらくはアラブ人が犯人であることが早期に推測できた。また、客室乗務員は機内電話を使用して会社へハイジャックを報告し、犯人の特徴、人数と座席番号を伝えた。このため、航空会社は犯人の氏名、住所、電話番号からクレジットカードの使用履歴までを把握することが可能となった。また、数名の乗客も手持ちの携帯電話や機内電話で家族や友人にハイジャックの事実を伝えた。これらの電話の会話は殆どが機体の破壊まで続いた。この内いくつかの会話は録音されており、事件調査に利用された。犯人引渡し要求アメリカ合衆国政府はこれらの捜査の結果から、このテロ攻撃がオサマ・ビンラディンをリーダーとするテロ組織アルカーイダによって計画・実行されたと断定、彼らが潜伏するアフガニスタンのターリバーン政権に引き渡しを要求した。しかし、彼らを保護していたターリバーン側は拒否。これに対してアメリカ合衆国軍はアフガニスタンに対し、攻撃を開始した。以降の推移はアメリカのアフガニスタン侵攻を参照 アメリカ市民の様々な反応
衝撃この事件がアメリカ国民に与えた衝撃は当然大きかった。冷戦終結後、世界で唯一の軍事超大国としての絶対的な存在感を有していたアメリカが、他国から攻撃を受けることについて、アメリカ国民は強い衝撃を受けた。またアメリカがこれほどの衝撃のある武力攻撃を受けたのは、真珠湾攻撃以来であることを強調する論評も見られた。世界一の超大国であるアメリカが、特定のテロリストグループないしはそれを支持する国からは、そこまでの嫌悪感を持って見られるということを、アメリカ国民は否応無く突きつけられ、余計に打ちひしがれることとなった。その様な中、テロに対する報復は憎しみの連鎖を引き起こすだけだと、冷静さを取り戻し報復へ走らないようにすることを強調する人々もおり、アメリカ政府による報復攻撃を危惧する多くのミュージシャンは報復攻撃が行われていない時点で反戦のイベントを開催した。愛国心失感が充溢する中でアメリカ国民は、求心力を愛国的な意識を共有することに求め、速やかな報復を肯定する世論が形成されていった。具体的な物的証拠が挙げられないうちから、CNNなどのアメリカの大手マスコミなどにおいても、イスラム原理主義を信奉するアラブ系人種によるテロ説が唱えられ(同じような事は、ミリシアによるオクラホマシティの連邦ビル爆破テロや、大韓航空機爆破事件、オウム真理教による東京の地下鉄サリン事件の際にも発生した)、流言に乗った市民によるアラブ系住民の暴行事件が多発、アラブ系男性が射殺される惨事にまで発展した。これに対し、アラブ系アメリカ人には「Arabic Americans support U.S.(アラブ系アメリカ人は合衆国を支持する)」などと書いたと横断幕を自家用車に掲げ、アメリカの味方であることをアピールした者もいた。事件発生直後のテレビ報道の中で、中東系の人々が勝ち誇ったように興奮する映像が流されるなど(本テロ攻撃との関係は全く不明)、いわゆる国家的陰謀論に結びつくような偏った報道が事件直後から行われていたとする説もある。世界貿易センターで徹夜で捜索する救助隊(大統領時代にはビンラディンを脅威と考えていた)前大統領であるビル・クリントンは、同時多発テロ事件を見て、それが直ちにビンラディンによるものだろうと考えたと後に述べており、方法はともかくとしても、アメリカに対するイスラム原理主義勢力によるテロ攻撃の可能性は以前から意識されていたものである。
消防、警官隊員炎上する世界貿易センターに取り残された人々を救出すべく命がけでビルに突入し、ビルの崩壊で命を落とした警官隊や消防隊員に対してその勇気と献身的態度を賞賛する声がアメリカのみならず世界中から寄せられ、その遺族に対する募金や手紙も世界各国から寄せられた。また、同じような賞賛は有毒物質が散乱する事件現場で遺体や遺留品の捜索を行った作業員たちにも同様に寄せられた。この様な中で、ニューヨークに在住している日本のミュージシャンの坂本龍一は、「再度テロ攻撃が起きた際に逃げられるように(高級SUVの)レンジローバーを買った」と雑誌内で発言し批判を浴びた。娯楽・文化活動の自粛世界貿易センターにおける捜索作業の終了に対する式典(2002年5月28日)テロ以降、ニューヨークでは数々のアトラクションが、市民感情およびセキュリティ上から興行中止となった。しかし、ブロードウェイのミュージカルやメジャーリーグは程なくして再開し、打ちひしがれたアメリカ国民の心を慰めた。
放送自粛また、全米1200もの系列局を傘下にもつラジオ放送大手のクリアチャンネル(Clear Channel Communications)は、事件直後に放送自粛曲リストを作成した。リストには以下のような著名なアーチストの名曲が多数含まれ物議を起こした。ルイ・アームストロング「この素晴らしき世界」 ジョン・レノン「イマジン」
ビートルズ「涙の乗車券」・「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」・「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンズ」「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」 イモンとガーファンクル「明日に架ける橋」レッド・ツェッペリン「天国への階段」 ドアーズ「ジ・エンド」 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン 全曲 映画関連ではアメリカ国内や同盟国では、ニューヨークを舞台にしたりテロをモチーフにした映画は「被害者に不謹慎」として公開を延長、または自粛する作品が相次いだ。日本でも2001年9月14日・「金曜ロードショー」で『ダイハード3』が放送予定だったが自粛され、その他の映画も自粛された。コラテラル・ダメージスパイダーマン アニメではアメリカで放映中の「機動戦士ガンダム」英訳版は次回予告のキャッチ“Who can survive? ”(「君は、生き延びる事が出来るか?」)が問題になり中断されたという。日本でもこの事件による配慮で[要出典]回が飛ばされたアニメがある(ギャラクシーエンジェルなど)。移動手段の変化ロ攻撃の後、アメリカ人の多くが民間航空機による移動を避けて自家用車による移動を選択したために、同年の10月から12月までのアメリカにおける自動車事故による死者の数は前年比で約1000人増加した。また、アムトラックやグレイハウンドなどの、民間航空機以外の中長距離交通機関の利用者も急増した。ブッシュ大統領の支持率
事件直前、ジョージ・W・ブッシュ大統領の支持率は、50%を切っていた。そもそも、前年の大統領選挙は僅差での勝利であるために、また大統領選における大規模な混乱は選挙の正当性への議論を招いたことから、選挙直後から政権支持率は高くなかった。大統領就任後の初めての大きな事件としてその指導力が国民の注目を浴びることとなり、それがテロとの戦争として位置づけられたことから、事件直後には国民の支持率は9割に到達、いみじくも政権最初の年から国民の支持を得た形となった。国際社会の対応このテロに対する国際的な反発は大きかった。国連は9月12日にテロ非難決議を採択。北大西洋条約機構 (NATO) とロシアは、「国際社会が結束してテロと戦うべき」という共同声明を発表した。また、欧米諸国だけではなく、日本やサウジアラビア、インドなどのアジア諸国もアメリカ合衆国を支持し、1980年代にパンアメリカン航空機に対するテロを支援した過去のあるリビアや、タリバーンの公然たる後援者であったパキスタン、在イランアメリカ大使館占拠事件以来アメリカとは犬猿の仲であるイランでさえ犯人グループを非難し、アメリカ合衆国に対する支援に同意した(但し、アメリカ合衆国はこの後、後述するようにアフガニスタン、イラクに侵攻するが、これが中東の反米感情を刺激したことを原因として2007年にはイランがイラク国内の過激派に武器を供与している疑いがあると報道された)。2006年11月14日、ベネズエラの国会は、アメリカ大統領に呼びかける決議案を満場一致で採択した。メキシコ国境における壁の建設を激しく攻撃し、第4章で、「イスラム・テロとの戦争」の根拠となった2001年9月11日の事件について『ブッシュ政権が、ワールド・トレード・センターとその犠牲者に対する自爆テロに関し、またペンタゴンに激突したとされる航空機についての明確な釈明、およびビンラディンとブッシュ家との関係を提示するよう強く』[1]要求している。その後在りし日の世界貿易センタービル世界貿易センタービル崩壊後2005年時点の現場跡地
ブッシュ政権は、このテロ事件後のアメリカ合衆国世論の変化に合わせて、2002年に国際テロ組織とテロ支援国と断じた悪の枢軸(イラク、イラン、北朝鮮)との戦いを国家戦略とし、「アメリカの防衛のためには、予防的な措置と時には先制攻撃が必要」として推進する方針を決めた。これをもとに、アメリカ合衆国はイラクに対して大量破壊兵器を隠し持っているという疑惑を理由に、イラク戦争に踏み切った。この行動に対しては、アフガニスタン(=ターリバーン政権)攻撃と異なり、国際的な態度は分かれ、イギリスや日本、フィリピンやスペイン、イタリアなどのアメリカ同調国と、フランスやドイツ、ロシア、中華人民共和国などのアメリカ非同調の立場に分かれた。その後の2004年10月、アメリカ政府調査団は「開戦時にはイラク国内に大量破壊兵器は存在せず、具体的開発計画もなかった」と結論づけた最終報告書を米議会に提出。2006年9月には、アメリカ上院情報特別委員会が「旧フセイン政権とアルカイダの関係を裏付ける証拠はない」との報告書を公表しており、開戦の正当性が根底から揺らぐ結果となっている。詳細はイラク武装解除問題又はイラク戦争を参照 またブッシュ大統領は、イラク戦争後の2004年に中東首脳を招いて会談を開き、サウジアラビアやシリアの様に王制や独裁が色濃い中東各国がテロの温床になっているとして、これらの国々を民主化すると宣言し、中東各国は“それぞれの国情を無視しアメリカ式を押し付けるもの”と強く反発した。アメリカは中東民主化を今後の外交の方針に掲げるとしているが、この様な強権的なやり方には中東諸国のみならず、多くの国から批判が集中している。さらに、「アメリカがアメリカであり続ける為に必要」として、「愛国者法(反テロ法)」を制定、2005年7月には暫定法であった同法を恒久化。市民のプライバシーを大幅に制限、公安活動の用に供するとして、また12月には、国家安全保障局の行なう不法な盗聴を大統領権限で事実上黙認していた事、2006年5月には、“テロリスト関係者、またはそれらと少しでも接触のあった外国人”をアメリカ入国の際に令状抜きで不法に連行・収監(=拉致)、自白を取る為の拷問がCIAとFBIによって行なわれていた事が明らかになるなど、全体主義化傾向が国内のリベラリスト・市民団体から批判されている。跡地の再開発世界貿易センターの跡地については、遺族から慰霊の場としてほしいという意見もあった。しかし多くのオフィススペースを失ったためにニューヨークから企業が流出することを恐れた市当局や、跡地を所有してきたニューヨーク・ニュージャージー港湾局らは、金融街に近くビジネス街の一等地であるこの場所に新たなオフィスビル・商業施設と交通ターミナルの再建を希望した。当初の再建案はあまりにも経済復興の色が強く遺族の反対で撤回され、改めて世界の建築家を集めて行われた建築設計競技の結果、アメリカ人建築家ダニエル・リベスキンドの案が採用された。2004年7月、世界貿易センタービル跡地に再びビルを建設するための起工式が行われた。敷地内には旧南棟・北棟跡の祈念スペースを囲むように数本の超高層ビルが建ち、最も高いビルは「フリーダム・タワー(自由の塔)」と名づけられ、アメリカの独立した1776年にちなんで、1776フィート(約541メートル)の高さとなる。これが完成すればアメリカ合衆国内では最も高い建造物となる。2010年完成予定。周囲にはタワー2、タワー3、タワー4、タワー5が建つ予定。一方、世界貿易センタービルの残骸には、発見されない相当数の遺体が含まれると思われた。遺体はDNAすら判別できないほどに傷んでいると思われるが、遺族は取り扱いに非常に神経を尖らせていたため、残骸は廃棄することができず、ごみ処分場に大量に放置されている状態であった。しかし、2005年3月初め、当局はおよそ1100人分の身元が判明できないまま確認作業を中止すると発表した。鉄骨類は屑鉄として再利用のためインドへと輸出された。事件の影響ネオコンの代表的人物とされるブッシュ大統領とウォルフォウィッツ国防副長官9・11テロは、アメリカ政治および国際社会の大きな転換点となった。それまで「アメリカ国民の記憶に残る日」は1963年11月22日のジョン・F・ケネディ暗殺であったが、それはこの日をもって終わり、代わってアメリカ国民はこの2001年9月11日を永遠に記憶にとどめることになった。アメリカ国内の世論は急速に保守化し、ネオコン(新保守主義)勢力が政治の舞台に全面的に登場。その影響力を増大させたきっかけともなった。 その後、アメリカによるテロ支援国家への攻撃には国民の大半が賛同した。議会でも野党民主党が共和党のタカ派路線を容認する動きが目立った。事件直後、ブッシュ政権が9・11へのイラクの関与をほのめかし、過剰なマスコミ報道によりそれが増幅された為国民
世界貿易センタービル爆破事件 テロリズム アフマド・シャー・マスード オサマ・ビンラディン アイマン・ザワヒリ アルカーイダ ターリバーン ムアンマル・アル=カッザーフィー 対テロ戦争 アメリカのアフガニスタン侵攻 イラク戦争 アメリカ帝国 アメリカ新世紀プロジェクト (PNAC) ボジンカ計画 アメリカ同時多発テロ事件陰謀説 11'9''01/セプテンバー11 華氏911 ワールド・トレード・センター ユナイテッド93 マーシャル・ロー 名探偵コナン 天国へのカウントダウン - ツインタワービルでの爆破事件を題材にしたアニメ映画。事件の半年前に公開されたものであり、ビルもWTCとは一切関係ないが、しばしばこの事件を参考にしたのではないかと誤解される。 グアンタナモ米軍基地 関連書籍「グラウンド・ゼロがくれた希望」 堤未果(つつみ・みか)著 ポプラ社 ISBN 4591081419 (日本語)
「9・11ジェネレーション ―米国留学中の女子高生が学んだ『戦争』」 岡崎玲子著 集英社新書 ISBN 4-08-720233-X(日本語) 脚注ヘカテゴリ: 半保護 | 出典を必要とする記事 | 911テロ | アメリカ合衆国の国際関係 | アメリカ合衆国の歴史 (現代) | イラク戦争 | アメリカ合衆国の事件 | 大量殺人事件 | アルカイダ |
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2007年09月06日

後藤真希の単独コンサート中のハプニング

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後藤 真希(ごとう まき、1985年9月23日 - )は、日本の歌手、女優である。ハロー!プロジェクトの一員で、元モーニング娘。のメンバー。日出女子学園高等学校中退(普通科中退→通信制編入→中退)。所属事務所はアップフロントエージェンシー。東京都江戸川区出身。血液型はO型。身長は158.8cm(本人談)。通称ゴマキ、愛称はごっちん、ごっつぁん、ごまちゃん。

ハロー!プロジェクトメンバーの中でも「スタイルが良い」と評されることが多く、写真集等のグラビア媒体でも活躍している。二十歳(はたち)を過ぎてからはセクシー路線を打ち出している。
モーニング娘。加入当時は金髪だったが、本人いわく「学校が夏休みだったから金髪に染めた」と言う。(これに関しては当時、母親にこっぴどく怒られたらしい)その後、グループ黄金期の中心格メンバーとなったこともあり、象徴色として金色(ゴールド)が使われていた(#アルバム・#コンサートのタイトルを参照。ただし後述の「可愛らしい一面」を大事に考えるファンからは支持されない場合がある)。
モーニング娘。に加入した当初、「教育係」として市井紗耶香が就いた。ちなみに、これが初の「教育係」であった。翌年の次の新メンバー加入時には一人一人に教育係が就くことになり、後藤は早くも加護亜依の教育係に指名された。
歌う時のマイクの持ち方が特徴的で、ほとんどの場合、左手の小指をマイクに沿わせ、平行に伸ばして持つ。松浦亜弥によれば、ごまっとうでこの持ち方に合わせる事になったため、苦労したとの事。ちなみに、田中れいなも同じ持ち方をしている。
マスコミや一般人から「ゴマキ」と呼ばれることが多いが、かつて後藤久美子が「ゴクミ」と呼ばれることを快く思っていなかったのと同じく、後藤本人も「ごっちん」「ごっつぁん」と呼んで欲しいと語っており、ファンも「ゴクミ」をもじって造られた呼称である「ゴマキ」とは呼ばない。ただ、後藤本人や事務所の意向をかなり尊重しているものの、ハロー!モーニング。のキャラクターで「ゴマキペンギン」「ゴマキスズメ」の様に使われることがある。なお、本人は自分のことを「後藤」と言う。
ハロー!プロジェクトの中でもトップクラスの運動神経の良さを持ち、ハロー!モーニング。での運動神経テストではパーフェクトの数値を記録したことがある。
腕相撲は辻希美と1・2位を争う強さを誇り、矢口真里が両腕でやっても勝てないほどである。ライブ等でも筋肉質の鍛えられた肢体を披露しているが、本人はむしろ女性らしい体型を望んでおり、筋肉がつくことを嫌がっている。
デビュー時の印象や外見から、クールで大人っぽいという一般的なイメージがあるが、それとは裏腹に、無邪気な言動や料理やお菓子作りが趣味というかわいらしい一面がインタビューやラジオ番組などで明らかにされている。その反面、勝気な性格であり純粋な「江戸っ子」である。
他にメジャーな愛称があるハロー!プロジェクトのメンバーを独特の愛称で呼ぶ傾向がある。例えば、松浦亜弥(「あやや」)を「まっつー」(この愛称は、安倍なつみも使用していることから、「後浦なつみ」内での共通の愛称であると推察される。)、吉澤ひとみ(「よっすぃ〜」)を「よし子」、新垣里沙(「豆」「ガキさん」)を「ニイニイ」、道重さゆみ(「さゆ」「しげさん」)を「ミッチー」と呼んだりしている。
ソロデビュー曲「愛のバカやろう」によって、オリコン初登場1位最年少記録(15歳6ヶ月)保持者となった。
視力は両眼とも2.0。カラーコンタクトを着用しているのはオシャレのため。
アナゴのにぎりが苦手。とんねるずのみなさんのおかげでしたの食わず嫌い王決定戦に出演した際に判明した。
イグアナを3匹飼っている(ただし、2007年2月現在は家族に子供がいるため預けている)。名前はパパ(雄)、ママ(雌)、アベちゃん(雄)。アベちゃんはうたばんの企画でプレゼントされた、後藤真希と同じくらいの身長のグリーンイグアナで、名前は番組プロデューサーの阿部龍二郎から。散歩に連れて行ったり、テレビ番組やコンサートでイグアナのかわいさを熱弁したりするイグアナ好きだが、イグアナ以外の爬虫類は特に好きではなく、ヘビなどは苦手。
某車雑誌のインタビューで、好きな車に日産・エルグランドをあげていた。

[編集] 略歴
1999年
8月 -モーニング娘。第2回追加オーディションに合格してモーニング娘。第3期メンバーになる。
本来2人追加される予定だった(1999年9月9日に9人になると発表された)が、つんく♂曰く「10年に1人の逸材」「才能が飛び抜けていた」と言う理由で後藤1人が合格した。
9月 - 加入直後にリリースされたシングル「LOVEマシーン」で、いきなりグループのセンターポジションを担当。
11月 - 保田圭・市井紗耶香と3人でグループ内ユニット「プッチモニ」としてもデビュー。シングル「ちょこっとLOVE」は110万枚の売上げを記録。
2000年
4月 - テレビ東京系列にて「ハロー!モーニング。」スタート。初代司会者に就任。
2001年
3月 - シングル「愛のバカやろう」でソロデビュー。オリコン初登場1位。
7〜9月 - 連続テレビドラマ初出演「マリア」(TBS系)で、4姉妹の末っ子の役を担当。
2002年
9月23日 - 17歳の誕生日にモーニング娘。を卒業。前日の9月22日にはテレビ東京系列にて「生中継!後藤真希・モーニング娘。卒業!ファイナルステージ」という特別番組が組まれた。中山秀征・中澤裕子の2人を司会に据え、更に夏まゆみ・市井紗耶香の2人をゲストに迎えて13人での最後のテレビ出演を無観客状態の横浜アリーナから生中継で行なった。
11月 - 松浦亜弥・藤本美貴とユニット「ごまっとう」を結成。シングル「Shall We Love?」をリリース。
2003年
ミュージカル「けん&メリーのメリケン粉オンステージ!」、映画「青春ばかちん料理塾」でそれぞれ初主演。
12月31日 - ソロとして「第54回NHK紅白歌合戦」初出場。
2004年
10月 - 安倍なつみ、松浦亜弥と、ユニット「後浦なつみ」を結成。シングル「恋愛戦隊シツレンジャー」をリリース。
10月、12月 - テレビ朝日の音楽特番で特捜戦隊デカレンジャーとの夢の競演を安倍なつみと松浦亜弥とで果たす。
12月31日 - 「後藤真希&松浦亜弥」として「第55回NHK紅白歌合戦」に出場。2回連続の出場を果たす。
2005年
大河ドラマ「義経」出演(能子役)。
1月10日 - 「110番の日」、警視庁にて一日通信指令センター長を務める。110番通報を受けるデモンストレーションを行う。
10月 - 安倍なつみ、松浦亜弥、石川梨華と共に「DEF.DIVA」を結成、シングル「好きすぎて バカみたい」を発売。オリコン初登場1位(5つの名義での首位獲得を達成)。しかし、このユニット名で「義経」の裏番組「歌笑HOTヒット10」に出演した。
12月31日 - 「DEF.DIVA」及び「モーニング娘。ドリームチーム」として3回連続のNHK紅白歌合戦出場。
2006年
2月 - 急性腸炎を発症し、舞台「ハロ☆プロ オンステージ!」(2月15〜19日)を降板して休養。同21日に復帰。
6月 - 「後藤真希シークレットライブ」(シングル「ガラスのパンプス」購入者特典イベント)において、初めてライブハウスでのソロライブを行なった。
9月 - 韓国で現地のファン1200人とイベントを行なった。併せて韓国で発売するベストアルバムのプロモーション活動を実施。
11月 - 韓国で自身初の海外ライブを行なった。
12月 - SanDisk(デジタルオーディオプレーヤーSansa、フラッシュメモリ製品)のイメージキャラクターに起用された。
2007年
1月24日 - モーニング娘。結成10周年を記念するユニット「モーニング娘。誕生10年記念隊」に3期メンバーとして参加、シングル『僕らが生きる MY ASIA』をリリース。
3月13日 - 北京で行われた「日中スーパーライブ」(日中国交正常化35周年を記念する「日中文化・スポーツ交流年」の開幕イベント)に参加した。
4月11日 - 総理大臣官邸で行われた中国の温家宝首相来日の歓迎夕食会に参加し、温家宝首相や安倍晋三首相の前で『僕らが生きる MY ASIA』をソロで披露した。
4月24日〜4月30日 - 劇団シニアグラフィティの舞台「昭和歌謡シアター 横須賀ストーリー」で初座長を務める。

[編集] 紅白との数奇な縁
1999年 - 2001年
デビュー以来、モーニング娘。として『NHK紅白歌合戦』(以下『紅白』)に連続出場した。
2002年
9月23日の誕生日を期にモーニング娘。を「卒業」した後、ソロ第1弾として予定されていたシングルリリース予定をキャンセルして「ごまっとう」を急遽結成、「Shall We LOVE?」をリリース。これは俗に「紅白出場必勝体勢」と噂された。しかし結局、ハロープロジェクトとしては、藤本美貴がソロとして、モーニング娘。・松浦亜弥とともに紅白初出場となり、この年は出場を逃す結果となった。
2003年
「後藤真希」名義での初出場。ただし、オリジナル曲ではなく杏里の往年のヒット曲「オリビアを聴きながら」を歌う。この曲選択はモーニング娘。のオーディションで歌った曲ということで「本人の意向」とされている。後に,ベストアルバム「後藤真希プレミアムベスト1」にてCD化された。イントロには「LOVEマシーン」を彷彿とさせるアレンジを用い、曲中の衣装替え(黒子として安倍なつみらモーニング娘。のメンバーを従えて衣装を脱ぐパフォーマンスを行った)は、モーニング娘。からの「卒業」が暗示されていると見られる。
2004年
後浦なつみで出場決定。しかし決定直後の11月下旬になって安倍なつみの活動自粛が決定し、安倍は出演辞退、後浦なつみ名義は取り消され、「後藤真希&松浦亜弥」として出場。この時の歌は童謡と二人それぞれの持ち歌である「手を握って歩きたい」「奇跡の香りダンス。」をメドレーにして歌った。結果的に、ソロの持ち歌を初披露することとなった。事件の顛末としての話題性もあったせいか、毎分視聴率でこの年の紅白としては非常に高い数字を叩き出した。
2005年
DEF.DIVAとしての出場が決定。3回目の「初出場」となり、「紅白最多初出場」のタイ記録と言う珍記録を達成した(女性では新記録。前年の松浦とのコンビがユニットとして認定されていれば全体の新記録であった)。さらに、モーニング娘。卒業メンバーとして、総勢19人での「LOVEマシーン」に参加した。

[編集] 音楽

[編集] シングル
愛のバカやろう(2001年3月28日)
カップリング: 愛のバカやろう〜trance trip version〜
溢れちゃう...BE IN LOVE(2001年9月19日)
カップリング: LIKE A GAME
手を握って歩きたい(2002年5月9日)
カップリング: 特等席
やる気! IT'S EASY(2002年8月21日)(以上モーニング娘。内ソロ活動)
カップリング: 気まぐれ
サン・トワ・マミー/君といつまでも(2002年12月18日)(両A面、共にカバー曲)
カップリング: サン・トワ・マミー (Musical version)
うわさのSEXY GUY(2003年3月19日))(ライオンBan CFソング)
カップリング: 彼、旅行中なり
スクランブル(2003年6月18日)
カップリング: 長電話
抱いてよ! PLEASE GO ON(2003年8月27日)
カップリング: おふざけKISS
原色GAL 派手に行くべ!(2003年11月27日)
カップリング: 恋人募集中
サヨナラのLOVE SONG(2004年3月17日)
カップリング: DANCE DANCE DANCE(2曲目)、ジュニアLOVE。(3曲目)
横浜蜃気楼(2004年7月7日)(はたけ作曲)
カップリング: BLUE ISLAND (はたけ作曲)
さよなら「友達にはなりたくないの」(2004年11月17日)(たいせー作曲)
カップリング: ALL MY LOVE〜22世紀〜
スッピンと涙。(2005年7月6日)(NHKドラマ『七色のおばんざい』主題歌)(KAN作曲)
カップリング: もしも終わりがあるのなら
今にきっと…In My LIFE(2006年1月25日)
カップリング: きっと彼氏が出来る方法
ガラスのパンプス(2006年6月7日)
カップリング: LOVE缶コーヒー
SOME BOYS! TOUCH(2006年10月11日)
カップリング: ALL OF US(TBS系アニメ『銀河鉄道物語 〜永遠への分岐点〜』エンディングテーマ)
シークレット(2007年4月11日)
カップリング: インナーチャイルド(昭和歌謡シアター『横須賀ストーリー』劇中歌、阿木燿子作詞)

[編集] オリジナルアルバム
マッキングGOLD@ (2003年2月5日)
Aペイント イット ゴールド (2004年1月28日)
3rdステーション(2005年2月23日)
How to use SEXY(2007年9月19日)

[編集] ベストアルバム
後藤真希プレミアムベスト@(2005年12月14日)

[編集] 韓国発売CD
後藤真希プレミアムベスト@(2006年9月9日)
韓国でのライブ公演に合わせてリリース。国内オリジナル盤に「スッピンと涙。」(収録名・THANK YOU MEMORIES)、「抱いてよ! PLEASE GO ON」(収録名・PLEASE GO ON)の韓国語バージョンを収録し、DVDを付属させたもの。発売元はPONY CANYON KOREA。DVDのリージョンは3で、日本国内では視聴できないはずだが、普通に問題なく再生できる。
Goto Maki/G-Emotion/Single Collection(3cd+1dvd) T〜X(T、U:2006年11月17日、V:2006年12月21日、W:2007年1月24日、X:2007年2月27日)
「愛のバカやろう」から「ガラスのパンプス」までのシングルを3枚ずつ1パッケージにして、それぞれのPVを収録したDVDを付属させたもの。内容はパッケージデザインの細部以外は日本国内で発売されたシングルのものとほぼ同じ。プレミアムベスト@と同様、PONY CANYON KOREAからの発売。「韓国限定発売で日本への輸出を禁止する」と表示しているサイトもあるが、韓国製品販売サイトで普通に購入できるので、その点は有名無実。DVDのリージョンは3で、日本国内では視聴できないはずだが、普通に問題なく再生できる。(ただしシングルVのメイキング、PVの別バージョン等は多くが割愛されていて未収録であることに注意)

[編集] その他CD
ごちゃまぜLOVE(2001年2月14日)(ファンクラブ通信販売限定ソロシングル)
「けん&メリーのメリケン粉オンステージ!」オリジナルキャスト盤(2003年3月5日)
Maki Goto Special Edition for Hawaii(2004年3月10日)
ハワイツアーの際に現地で発売されたベストアルバム。後にFC限定で発売。
Maki Goto 2005 Special Edition for Hawaii(2005年12月21日)
ハワイツアーの際に現地で発売されたベストアルバム。後にFC限定で発売。
CARRY THE LIGHT(2006年11月22日)
TBS系アニメ『銀河鉄道物語 〜永遠への分岐点〜』の主題歌シングル。オープニングを担当しているのはジャ・ジャ。エンディングテーマのALL OF USが収録されている。(SOME BOYS! TOUCHに収録されているものと同一曲で同一アレンジ)

[編集] DVD/VHS(コンサート)
FS3 LIVE(2003年2月26日)
後藤真希ファーストコンサートツアー2003春〜ゴー!マッキングGOLD〜(2003年7月24日)
後藤真希コンサートツアー2003秋〜セクシー!マッキングGOLD〜(2004年2月25日)
後藤真希コンサートツアー2004春〜真金色に塗っちゃえ!〜(2004年9月15日)
後藤真希コンサートツアー2004秋〜あゝ真希の調べ〜(2005年1月26日)
後藤真希コンサートツアー2005秋〜はたち〜(2006年1月18日)
ハロ☆プロ パーティ〜!2006 〜後藤真希キャプテン公演〜(2006年7月5日)
Maki Goto SECRET LIVE at STUDIO COAST(2006年10月11日)
後藤真希 LIVE TOUR 2006〜G-Emotion〜(2007年2月21日)
ハロ☆プロ オンステージ!2007 『Rockですよ!』(2007年4月25日)

[編集] DVD/VHS(シングル)
サン・トワ・マミー/君といつまでも (2003年2月5日)
うわさのSEXY GUY (2003年3月19日)
スクランブル (2003年6月18日)
抱いてよ! PLEASE GO ON (2003年8月27日)
原色GAL 派手に行くべ! (2003年11月27日)
サヨナラのLOVE SONG (2004年3月17日)
横浜蜃気楼 (2004年7月7日)
さよなら「友達にはなりたくないの」 (2004年11月17日)
スッピンと涙。 (2005年7月21日)
今にきっと…In My LIFE(2006年2月1日)
ガラスのパンプス(2006年6月21日)
SOME BOYS! TOUCH(2006年10月25日)
シークレット(2007年4月25日)

[編集] DVD(PV集)
後藤真希 シングルVクリップス@ (2003年12月10日)
『愛のバカやろう』から『原色GAL 派手に行くべ!』までのPVを収録。

[編集] 出演

[編集] テレビドラマ
マリア(2001年、TBS系)
伊豆の踊り子(2002年1月、TBS)
やんパパ(2002年、TBS系)
R.P.G.(2003年、NHK総合テレビ、NHK衛星ハイビジョン)
大河ドラマ 義経(2005年、NHK総合テレビ・BS1・BS-hi)
松本清張スペシャル・指(2006年、日本テレビ系)

[編集] ラジオ
ごまっとうサンタがやってきた特番(2002年12月、ニッポン放送)
MBSヤングタウン土曜日(2003年4月19日-、毎日放送) 準レギュラー
後藤真希のオールナイトニッポン(2004年3月19日)ニッポン放送
後藤真希のマッキンキンRADIO(2004年4月、2005年2月)JFN系列
TBC FUNふぃーるど・モーレツモーダッシュ(2005年7月11日-22日、10月10日-21日、12月5日-12月16日)東北放送

[編集] インターネット
The moving Radio 後藤真希の今日もごっつぁんです(2005年3月18日-2006年8月25日、ハロー!プロジェクト on フレッツ)
第6回ハロプロビデオチャット(2005年4月22日、ハロー!プロジェクト on フレッツ)
新感覚ドラマ「道徳女子短大 エコ研」第2話「39℃」(2006年8月2日-10月2日、インターネット放送GyaO)

[編集] CM
ライオン / Ban(2003年-2004年)
ロート製薬 / ロートZiːφNEW
顔のイラストで知られるポッカ缶コーヒーの期間限定特別バージョンとして、漫画家江口寿史による似顔絵で登場(同時期には志村けん・佐々木主浩)。

[編集] 映画
ピンチランナー(2000年、東映)
ナマタマゴ (2002年、マイタウン デジタル映画 プロジェクト)
仔犬ダンの物語(2002年、東映)
劇場版とっとこハム太郎 ハムハムハムージャ!幻のプリンセス(2002年、東宝) - 声優
青春ばかちん料理塾(2003年、東映)
Promise Land〜クローバーズの大冒険〜(2004年7月17日-9月5日、フジテレビお台場冒険王2004にて)

[編集] ミュージカル・舞台
けん&メリーのメリケン粉オンステージ!(2003年)
サヨナラのLOVE SONG(2004年)
2007 劇団シニアグラフィティ第4回公演 ハロプロ篇 後藤真希座長公演〜昭和歌謡シアター 『横須賀ストーリー』〜(2007年)

[編集] コンサート
後藤真希ファーストコンサートツアー2003春〜ゴー!マッキングGOLD〜(2003年4月13日-6月20日)
記念すべき初公演は、幼少期からの馴染みの街・市川市にある市川市文化会館。
後藤真希コンサートツアー2003秋〜セクシー!マッキングGOLD〜(2003年9月6日-12月7日)
後藤真希コンサートツアー2004春〜真金色に塗っちゃえ!〜(2004年4月10日-6月27日)
後藤真希コンサートツアー2004秋〜あゝ真希の調べ〜(2004年9月4日-11月20日)
江戸川区での凱旋公演が含まれていた。
後浦なつみコンサートツアー2005春「トライアングルエナジー」(2005年4月10日-5月8日)
後藤真希コンサートツアー2005秋〜はたち〜(2005年9月23日-11月27日)
ハロ☆プロ パーティー!2006 〜後藤真希 キャプテン公演〜(2006年4月8日-5月7日)
コープサービス主催 ハロ☆プロ パーティー!2006 〜後藤真希 キャプテン公演〜(2006年5月13日-6月25日)
後藤真希 LIVE TOUR 2006 〜G-Emotion〜(2006年10月14日-11月25日)
2006年11月19日、韓国公演(後藤真希 LIVE TOUR 2006 G-Emotion in SEOUL)を同ツアーの一環として開催。
ハロ☆プロ オンステージ!2007 『Rockですよ!』(2007年2月9日-2月18日)

[編集] イベント
後藤真希ファンクラブツアー in ハワイ(2004年3月25日-31日、2005年12月21日-27日)
ハロー!プロジェクト ファンクラブ限定イベント(2005年4月11日-13日、5月15日・21日・22日・28日・29日、パシフィックヘブン)
カジュアルディナーショー(2005年8月13日・14日・20日・21日、9月11日・12日、10月13日・14日・15日、広尾ラ・クロシェット)
後藤真希ファンの集い(ファンクラブ限定イベント)(2005年6月11日・19日、2006年12月9日・10日)

[編集] DVD/VHS(テレビ、映画、ミュージカル他)
つんくタウンFILMSプレゼンツ ナマタマゴ (2002年5月15日)
ハロー!モーニング。ハロモニ。劇場「バスがくるまで」vol.1 (2003年4月23日)
ハロー!モーニング。ハロモニ。劇場「バスがくるまで」vol.2 (2003年4月23日)
ハロー!モーニング。ハロモニ。劇場「バスがくるまで」vol.3 (2003年5月14日)
ハロー!モーニング。ミニモニ。ぴょ〜ん星人&ゴマキペンギン物語 (2003年5月14日)
ミュージカル けん&メリーのメリケン粉オンステージ! (2003年5月21日)
ごっちんのメール日記&お料理教室〜メイキングオブ「青春ばかちん料理塾」 (2003年10月21日)
ハロー!モーニング。ハロモニ。劇場vol.4「昼下がりのモーママたち&バスがくるまで」 (2003年12月26日)
ハロー!モーニング。ハロモニ。劇場vol.5「駅前交番物語&医者が来るまで…」 (2003年12月26日)
青春ばかちん料理塾 (2004年4月07日)
ハロー!モーニング。ミニモニ。四休さん (2004年6月30日)
ハロー!モーニング。ハロモニ。劇場vol.6「駅前交番物語」 (2004年7月28日)
ハロー!モーニング。ハロモニ。劇場vol.7「駅前交番物語 特別編」 (2004年7月28日)
アロハロ! 後藤真希DVD (2004年8月04日)
ハロー!モーニング。ハロモニ。劇場vol.8「公園通り三丁目」 (2005年12月21日)
ハロー!モーニング。ハロモニ。劇場vol.9「公園通り三丁目&三丁目飯店」 (2005年12月21日)
アロハロ!2 後藤真希DVD (2006年3月29日)
ハロー!モーニング。ハロモニ。劇場vol.10「駅前広場にて」 (2007年2月28日)

[編集] 書籍

[編集] 写真集
後藤真希写真集「後藤真希」(2001年11月1日、ワニブックス)ISBN 4-847026799
後藤真希写真集「maki」(2003年3月21日、ワニブックス)ISBN 4-84702754X
後藤真希BOX入り写真集 「more maki」(2003年6月1日、ワニブックス)ISBN 4-847027639
後藤真希写真集「PRISM」(2004年4月25日、ワニブックス)ISBN 4-847028015
アロハロ!後藤真希写真集(2004年7月22日、角川書店)ISBN 4-048942565
後藤真希写真集「Dear…」(2005年4月26日、ワニブックス)ISBN 4-847028554
後藤真希写真集「FOXY FUNGO」(2006年8月21日、ワニブックス)ISBN 4-84702950X

[編集] ライブ写真集ほか
後藤真希写真集―後藤真希 in Hello! Project2003夏(2003年9月30日、竹書房)ISBN 4-812413680
「青春ばかちん料理塾」&「17才〜旅立ちのふたり」ビジュアルブック(2003年8月13日、講談社)ISBN 4-063645231
後藤真希 in Hello! Project 2004 Winter(2004年3月13日、竹書房) ISBN 4-812415950
Maki Goto Photobook Concert Tour '04 Spring 〜真金色に塗っちゃえ!〜(2004年6月30日、竹書房)ISBN 4-812417279
後藤真希 in Hello! Project 2004 summer(2004年9月29日、竹書房)ISBN 4-812418372
後浦なつみライブ写真集「TRIANGLE ENERGY」(2005年7月6日、竹書房) ISBN 4-812422493
後藤真希+メロン記念日 Hello!Project2005夏の歌謡ショー―05’セレクション!コレクション!(2005年10月27日、大誠社)ISBN 4-902577062
後藤真希&松浦亜弥 Hello! Project 2006 Winter 全員集go!(2006年4月7日、竹書房) ISBN 4-812426766

[編集] アーティストブック
99の後藤真希(2003年9月23日、ソニー・マガジンズ)ISBN 4-789720675
19992004後藤真希クロニクル(2005年4月1日、竹書房、能地祐子)ISBN 4-812420806

[編集] 所属ユニット
モーニング娘。(1999年加入 - 2002年卒業)
プッチモニ(1999年 - 2002年卒業)
シャッフルユニット
あか組4(2000年)
7人祭(2001年)
セクシー8(2002年)
H.P.オールスターズ(2004年)
ビーナスムース(2002年)(モーニング娘。卒業まで)
ごまっとう(2002年)
後浦なつみ(2004年)
Gatas Brilhantes H.P.(2003年 - 2005年)
DEF.DIVA(2005年)
モーニング娘。誕生10年記念隊(2007年)

[編集] 関連項目
EE JUMP…かつて実弟ユウキ(年子で顔は非常に似ていた。2度の不祥事で引退)とソニンが結成していたユニット

[編集] 外部リンク
ハロー!プロジェクト公式プロフィール
UP-FRONT WORKSディスコグラフィ
後藤本人によるブログ 当初は2006年9月23日から11月30日迄の期間限定であったが、好評の為継続する事となった。
ハロー!プロジェクト[表示]
(太字は現在所属中のグループ・メンバー、活動中のユニット・チーム・関連アーティスト、参加中のスタッフ)
モーニング娘。
(さくら組・おとめ組) : 1期 : 中澤裕子・石黒彩・飯田圭織・安倍なつみ・福田明日香 | 2期 : 保田圭・矢口真里・市井紗耶香 | 3期 : 後藤真希 | 4期 : 石川梨華・吉澤ひとみ・辻希美・加護亜依 | 5期 : 高橋愛・紺野あさ美・小川麻琴・新垣里沙 | 6期 : 藤本美貴・亀井絵里・道重さゆみ・田中れいな | 7期 : 久住小春 | 8期 : 光井愛佳 | 8期(留学生) : ジュンジュン・リンリン
太陽とシスコムーン
(後 T&Cボンバー) : 信田美帆・稲葉貴子・RuRu・小湊美和
ココナッツ娘。 : アヤカ・チェルシー・エイプリル・ダニエル・ミカ | レフア
カントリー娘。 : 小林梓・柳原尋美・りんね | あさみ | 里田まい | みうな
メロン記念日 : 村田めぐみ・斉藤瞳・大谷雅恵・柴田あゆみ
シェキドル : 北上アミ・大木衣吹 | 末永真己 | 荒井紗紀
ハロー!プロジェクト・キッズ (☆)
☆ Berryz工房 : 清水佐紀・嗣永桃子・徳永千奈美・須藤茉麻・夏焼雅・石村舞波・熊井友理奈・菅谷梨沙子
☆ ℃-ute(キュート) : 梅田えりか・矢島舞美・村上愛・中島早貴・鈴木愛理・岡井千聖・萩原舞 | 有原栞菜
W(ダブルユー) : 辻希美・加護亜依
美勇伝 : 石川梨華・三好絵梨香・岡田唯
ソロ : 平家みちよ・三佳千夏・前田有紀・稲葉貴子・松浦亜弥・中澤裕子・石井リカ・藤本美貴・後藤真希・保田圭・安倍なつみ・飯田圭織・矢口真里・小川麻琴・辻希美・吉澤ひとみ・紺野あさ美



ト 通常ユニット : タンポポ・プッチモニ・ミニモニ。・カントリー娘。に石川梨華(モーニング娘。)・カントリー娘。に紺野と藤本(モーニング娘。)・ZYX・ROMANS・あぁ!
スペシャルユニット : ごまっとう・後浦なつみ・DEF.DIVA・GAM | モーニング娘。誕生10年記念隊 | シャッフルユニット・H.P.オールスターズ
企画ユニット : ポッキーガールズ&ビーナスムース・ミニハムず・エコモニ。・あややムwithエコハムず・月島きらり starring 久住小春 (モーニング娘。)・きら☆ぴか・Buono! | WaT×ハロー!プロジェクト


生 ハロプロエッグ (★) : 岡田唯・是永美記・田中杏里・武藤水華・福田花音・青木英里奈・リンリン・吉川友 他
★ ともいき・木を植えたい : 能登有沙・大瀬楓・古川小夏・有原栞菜・前田憂佳 | 森咲樹 | 湯徳歩美
★ THE ポッシボー : 諸塚香奈実・橋本愛奈・秋山ゆりか | 大瀬楓・岡田ロビン翔子・後藤夕貴
その他 : ハロプロ関西 : 須磨愛 他 | 留学生 : シンミン



ツ フットサルチーム : Gatas Brilhantes H.P.・リトルガッタス・MIX GATAS
キックベースボールチーム : メトロラビッツH.P.
バレーボールチーム : ハロモニ。バレー部

考 スタッフ : プロデューサー : つんく♂・山崎直樹・シャ乱Q・はたけ・たいせい・まこと・田中義剛・真田カオル・五木ひろし | その他 : 和田薫・夏まゆみ・ダンス☆マン・新堂敦士・BULGE・森村メラ・北澤豪・水上善雄
関連アーティスト : つんくファミリー : EE JUMP・ソニン・市井紗耶香 in CUBIC-CROSS・時東ぁみ・ギャルル・キャナァーリ倶楽部 他 | メンバー親族 : 安倍麻美・ユウキ・杉浦太陽・杉浦太雄 | その他 : チビつんく・クッチコミ・デカモニ。・いぬモニ。
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カテゴリ: モーニング娘。 | ハロー!プロジェクト | 東京都出身の人物 | 1985年生 | 芸能人女子フットサル選手



出生名 後藤真希
別名 ゴマキ・ごっちん
出生日・地 1985年9月23日(21歳)
血液型 O型
学歴 日出高等学校中退
出身地 東京都江戸川区
ジャンル J-POP
職業 歌手
活動期間 1999年〜
レーベル ピッコロタウン
事務所 アップフロントエージェンシー
共同作業者 つんく♂
後藤 真希(ごとう まき、1985年9月23日 - )は、日本の歌手、女優である。ハロー!プロジェクトの一員で、元モーニング娘。のメンバー。日出女子学園高等学校中退(普通科中退→通信制編入→中退)。所属事務所はアップフロントエージェンシー。東京都江戸川区出身。血液型はO型。身長は158.8cm(本人談)。通称ゴマキ、愛称はごっちん、ごっつぁん、ごまちゃん。
http://av.paro2.net/
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http://gekiatu.269g.net/
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http://imaieriko.paro2.net/
http://tonneruzughouko.paro2.net/
http://koizumikamenasi.paro2.net/
http://ebizou.paro2.net/
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posted by デラックスピザ松本 at 12:41| Comment(0) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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